作品概要
❝間違えて美術科に入ってしまったなんて あほすぎて言えないっ…!❞
(引用/相崎うたう.『どうして私が美術科に⁉』第1巻.芳文社.2017年.7頁)
『どうして私が美術科に⁉』は、著者である相崎うたう氏による4コマ漫画作品です。(全3巻)
『まんがタイムきららMAX』(芳文社)にて、2016年3月号・4月号・5月号でのゲスト掲載の後、2019年5月号まで連載されていました。
本作品は、高校入試に当たって願書の書き損じにより誤って美術科に入学してしまった主人公が、学科で課される課題に悪戦苦闘しつつもクラスメイトとの友情を深めていく作品です。
作風はきらら作品らしい温かみのある描写でありながら、登場人物同士の気持ちのすれ違いや自らが選択した進路へ不安を感じる様子など、思春期特有の苦悩が随所に散りばめられており単調さを感じさせない展開になっています。
ここでは、本作品の魅力を感想・考察を交えつつ紹介していきたいと思います。
あらすじ
願書の提出ミスにより、間違って美術科に入学してしまった酒井桃音。 当然のごとく居残り三昧な毎日ですが、仲間がいればそれでも楽しい!力を合わせて目指せ進級&卒業!きららの次世代を代表する、女の子の尊さがいっぱい詰まった初コミックスです。
引用:http://www.dokidokivisual.com/comics/book/past.php?cid=1290/2023年7月29日閲覧
主な登場人物
□酒井 桃音(さかい ももね)
❝私はここに来てから美術を好きになってやっとスタート地点に立てました❞
(引用/相崎うたう.『どうして私が美術科に⁉』第1巻.芳文社.2017年.118頁)
本作品の主人公。高校入試の際に願書の書き損じによって、本来普通科に入学する予定が美術科に入学してしまったという経歴があります。
普通科に入学する予定だっただけあって美術に関しては技術、知識共に人並み以下であり、学科で課される課題に毎度悪戦苦闘させられ、使用されなくなった美術室、通称「美術X室」にて放課後に残って作業しています。
絵画は本人の癖なのかメルヘンチックになってしまうようで、その出来栄えは実技点は殆ど無いとまで評されるほど。それでもなお美術科に合格できたのは、国語、数学、英語の筆記試験の点数が高かったためであり学業面での成績は優秀なようです。
性格は明るく素直で友人たちの冗談を真に受けてしまうこともしばしば。しかし、学校に相談すれば普通科に異動出来るにもかかわらず、友人たちとの関わりの中で価値観も変化し自ら美術の楽しさを見出そうと美術科に残ることを決心する芯の強さも持ち合わせています。
□竹内 黄奈子(たけうち きなこ)
❝桃音といると 美術が好きになれるような…そんな気がするよ❞
(引用/相崎うたう.『どうして私が美術科に⁉』第1巻.芳文社.2017年.14頁)
何時も眠たげでクールな印象を受ける少女。桃音と同様、美術科ですが入学したのは不本意であり美術そのものが好きではないと本人は語ります。そのため、学科の課題にも身が入らず彼女もまた「美術X室」に残って作業をすることが多いです。
美術が好きでないにもかかわらず美術科に入学したのは、中学生時代に美術部に「文化部で楽そう」という理由だけで所属したところ、美術品の個人輸入商を営んでいる両親に美術に関心があると勘違いされその熱意に押されてしまったため。
しかし同時に、仕事に熱心で家を空けることも多い両親に、美術科に入学することで自身にも目を向けてもらいたいという思惑もありましたが、その思いは両親には上手く伝わらず両親は自身より美術の方が好きと勘違いすることになってしまいます。
そんな過去もあってか、美術が好きなれず冗談半分で退学を仄めかすなど半ば自暴自棄になっていましたが、桃音の一生懸命に美術に向き合う姿勢に感化され「桃音がいること」を理由に美術科に残ることを決心します。
後述の理由もあり桃音には特別な感情を抱いており、彼女が旧友と仲睦まじくメールでやり取りする様子をみて大きく取り乱すなど少々彼女に依存しているような一面もあります。
□河鍋 蒼(かわなべ あおい)
❝何にする?居残り戦隊もう無理ジャーとか?❞
(引用/相崎うたう.『どうして私が美術科に⁉』第1巻.芳文社.2017年.94頁)
活発な性格で本作品のムードメーカー。
衝動的に行動していると思われがちですが、「私の好きな場所」というテーマで写真を撮る課題では、突然山に登りだしたかと思えば丘の上から観える自身の生まれ育った町を課題にのテーマにするなど、考えなしに行動しているわけではありません。
母親は画家であり美術の成績は非常に良いのですが、その性格ゆえかすぐに課題の主旨から脱線してしまうため桃音達と同様に居残り仲間であります。
反面、後に紹介する幼馴染である浦上紫苑(うらがみ しおん)と中学生時代に彼女が京都の学校へ進学するを機に一度離れたことを今も気にしており、彼女が旧友と仲睦まじくする様子を見て、自分より京都居た頃の友人といたほうが楽しいのではと考えているなど繊細な一面もあります。美術科に入学した理由も彼女が美術科に入学すると知ったためであるなど、彼女への思いは特別なものといえます。
また、友人が居ることを理由に美術を勉強しているほか、親が家を留守にしがちな点で黄奈子と共通点が多く、休日に二人で出かけた際には意気投合したこともありました。
□浦上 紫苑(うらがみ しおん)
❝蒼の知らないうちの時間があったってことは うちにも知らない蒼の時間があったってことやろ?❞
(引用/相崎うたう.『どうして私が美術科に⁉』第2巻.芳文社.2018年.28頁)
京都出身で関西弁で話す長髪の少女。関西出身なだけあって本作品では主に蒼へのツッコミを担当しています。
自らの意思で美術科に入学しただけあって、美術に関する知識や熱意は人並み以上ですが、彼女の描く絵はキュビズム的で一般人とは異なるセンスの持ち主です。また、その拘りの高さ故に作業が遅れがちで彼女もまた桃音たちと同様に居残り仲間であります。
後述した蒼のとは小学生からの幼馴染でありますが、幼馴染故に彼女のお調子者の様子の影に隠された美術の才能に内心嫉妬しているなど、ただのツッコミ役では留まらない人間味あふれる一面もあります。
□菱川 翠玉(ひしかわ すいぎょく)
❝すいは好きなものにだけ囲まれて好きなことだけして生きていたいからね❞
(引用/相崎うたう.『どうして私が美術科に⁉』第1巻.芳文社.2017年.116頁)
猫耳のパーカーと語尾の「だお」が特徴的な少女。
桃音たちと同じ1年生ですが、中学生時代は黄奈子の先輩であったことから高校で留年していることが判明しました。留年したのは絵画の授業以外サボりがちであったため。なお、黄奈子には中学校を卒業時に進学先を伝えなかったので高校で彼女と再会したのは全くの偶然でした。
漫画家を志望しており、時折課題のテーマにそぐわない擬人化された美少女の絵を描くため、よく美術X室にて放置された大型のダルマの作品の中に籠って作業しており、これまで紹介してきた桃音の居残り仲間の一人でもあります。また、母が学校の理事長であり、許可を得て学校で寝泊まりして作業する姿も見られます。
後に雑誌でのデビューを果たしますが、学業との両立は上手くいかずその事を誰にも打ち明けることが出来ない内に体調不良になり校内で倒れてしまうなど、自身の努力や悩みを他人に見せない脆い一面もあります。
作中、漫画に懸ける熱意が高いゆえに中々結果が出ない中で周囲の期待を裏切ってしまっていると、自己嫌悪に陥ってしまい漫画家を志した自身の選択に迷いを感じてしまう場面があります。
自身の選択に迷いを抱える人物の多い本作品の中でも彼女の描写は際立っており、本作品のもう一人の主人公ともいえる人物です。
こんな方にオススメ
□作風はきらら作品としては比較的オーソドックスであり、読者を選びません
□受験や就職など、人生の岐路に立っている方
【キーワード】「日常」「高校生」「美術」「微百合」「王道構成」
本作品は、「物語の展開」「登場人物のキャラクター性」「コメディ」「百合要素」など、全体的にバランスよく仕上がっており、『まんがタイムきららの読者層』が求めている要素を一通り兼ね備えた本作品は、多くの『きらら』ファンにオススメできる作品だと感じます。
また、主人公が美術に疎いこともあって作中では美術関連の専門用語の登場頻度は少なく、美術にあまり関心のない方でも読み易い仕上がりになっています。
しかし、バランスよく仕上がっているといっても決して「無個性」という訳ではなく、意図せずに美術科に進学してしまった主人公を筆頭に作中の登場人物は様々な悩みを抱えており、時には互いにすれ違いながらも自らの選択した生き方と向き合う様子が随所で描かれているのが特徴として挙げられます。
彼女たちと同様、現在の自身の選択に不安や悩みを抱える方には自身の抱える課題と向き合う際のヒントになるのではないでしょうか。
王道ともいえる展開の中にそういった隠し味的な要素を持つ本作品は、全3巻という揃えやすさも含めて是非読んでいただきたい作品です。
感想(ネタバレ含む)
□王道構成の中に確かに存在する深いテーマ性
本作品は、作品概要でも説明したように『まんがタイムきらら』の読者層が求める要素がバランスよく盛り込まれた優等生的な作風ですが、ただテンプレートに沿っているだけではなく、「自身の選択にどう向き合うか」というテーマ性が随所に盛り込まれおり作品として深みがあります。
美術という他者からの評価が常に付きまとい、さらににその評価は点数として可視化されづらい分野において、多感な時期にある桃音たちがどうやって自身の課題に向き合い折り合いをつけていくかという展開は現代社会を生きる読者にも共感できる点が多く、思わず作中の人物に感情移入してしまいます。
物語の終盤で❝間違いの正解を決めることが出来るのは その道を選んだ自分ただ一人だけですよ❞(引用/相崎うたう.『どうして私が美術科に⁉』第3巻.芳文社.2019年.115頁)という言葉を残した桃音ですが、彼女の「間違い」から始まった本作品を締め括る言葉として非常に重みのある台詞であり、彼女の他にも数々の経験を経て自身の選択に折り合いをつけていった彼女たちの行動には、漫画という枠を超えて本作品の読者自身の生き方にも問題提起を投げかけるメッセージ性を感じました。
しかし、何度も言うようにきらら作品としては王道構成であり、コメディ要素や作中の桃音と黄奈子の関係性など上記に示した重いテーマ性一辺倒になることはなく、それらの要素が上手く調和しておりきらら作品として非常に完成度が高いという感想を持ちました。
本作品は、『次に来るマンガ大賞 2018 コミックス部門』にもノミネートされましたが、読者の期待も虚しく最終的に全3巻という短さで完結しました。最終話を間近にメインキャラクターに加わる鈴木朱花(すずき しゅか)など、後ほんの僅かでも連載が続いていればと、今でも完結が悔やまれる作品です。
印象的な場面・台詞
❝実は紫苑 京都の友達といたときの方が楽しかったんじゃないかって 今でもときどき思うんだよね❞
(引用/相崎うたう.『どうして私が美術科に⁉』第2巻.芳文社.2018年.26頁)
蒼が京都に帰省中の紫苑が京都にいる友人たちと仲睦まじくしている様子をメールで連絡してくる事に対抗心を燃やし、桃音たちと「リア充アピール」をする場面。
後に紫苑への思いを打ち明ける展開を含めて、それまで能天気でお調子者の印象を受けた彼女の年相応に繊細な一面が判明し彼女への見方が一変した回として印象深いです。
筆者はこういった所謂「ギャップ萌え」に弱いです。
小ネタ・余談
※2024年9月1日追記
□まんがタイムきらら コミックマーケット90企画本 フォース
本作品は2016年に東京国際展示場(東京ビッグサイト)で開催されたコミックマーケット90にて頒布された「まんがタイムきらら コミックマーケット90企画本 フォース」に掲載されました。異能力がテーマとなっており、タイムリープ能力に目覚めた桃音が能力を駆使して課題に挑むという内容でした。
※2024年9月1日追記
□まんがタイムきらら コミックマーケット92企画本 せんせぇ!
本作品は2017年に東京国際展示場(東京ビッグサイト)で開催されたコミックマーケット92にて頒布された「まんがタイムきらら コミックマーケット92企画本 せんせぇ!」に掲載されました。先生がテーマとなっており、美術、体育、家庭科の先生となった桃音が、生徒になった黄奈子たちを前に悪戦苦闘する様子が描かれています。
※2024年5月3日追記
□まんがタイムきらら200号記念特別付録小冊子
2020年7月号にて通巻200号を迎えたまんがタイムきらら、当誌に付属した特別記念冊子に本作品も掲載されました。
200号を記念してパーティーを開く桃音たちが描かれています。
※2024年9月1日追記
□RTキャンペーン、2000RT達成記念の描き下ろし漫画「桃音のバースデー」
本作品は、2017年3月27日から2017年4月26日にX(旧:Twitter)にてフォロー&リツイートキャンペーンが実施されました。リツイート数に応じて相崎うたう氏の書き下ろしイラストや漫画が配布されました。
※2024年9月1日
□COMIC FUZエール特典
本作品は、ウェブコミック配信サイト「COMIC FUZ」でも配信されていますが、アプリの機能で著者である相崎うたう氏にエールを送ると、特典として特別漫画「玄恵先生の春休み」を読むことができました。現在では特典は変更されており、氏の作品である『留東さんには敵いません!』(まんがタイムきららMAX)とのコラボイラストになっています。
□登場人物の名前の由来
登場人物の名前にはそれぞれのイメージカラーを表す漢字が入っており、苗字は実在する画家が由来になっていると思われます。
・酒井桃音
酒井抱一(さかい ほういつ、1761-1829)、代表作「夏秋草図屏風」など
・竹内黄奈子
竹内栖鳳(たけうち せいほう、1864-1942)、代表作「絵になる最初」「班猫」など
・河鍋蒼
河鍋暁斎(かわなべ きょうさい、1831-1889)、代表作「地獄太夫」など
・浦上紫苑
浦上玉堂(うらがみ ぎょくどう、1745-1820)、代表作「東雲篩雪図」など
・菱川翠玉
菱川師宣(ひしかわ もろのぶ、?-1694)、代表作「見返り美人図」など
あくまでファンによる推測ですが「河鍋」や「菱川」は日本人の苗字としては比較的珍しく、画家であったことも踏まえるとで参考にした可能性は高そうですね。
□著者の相崎うたう氏について
本作品の著者である相崎うたう氏ですが、本作品の連載中に高校生であったことが判明し当時大きな話題を呼びました。
氏は高校卒業後も漫画家業を続け、本作品の完結後も同誌で『月が奇麗だから盗んで』『瑠東さんには敵いません!』を掲載、『瑠東さんには敵いません!』は2023年7月31日現在でも連載を続けており今後にも期待が持てる作家です。
□くろば・U氏との交流
余談ですが、同誌で連載されていた『ステラのまほう』の著者であるくろば・U氏は本作品を絶賛しており、コミックマーケットにて本作品の同人誌を頒布したほど。
一方、相崎うたう氏も『ステラのまほう』のTVアニメ化に際して、アフレコレポートを『まんがタイムきららMAX』にて掲載しました。他にも本作品の最終巻発売後には両氏の対談がネット記事にて掲載されるなど、両氏は交流の機会が多い事が知られています。
余談ですが、本作品の第1話が掲載された2016年3月号では、はんざわかおり氏による「かおす先生のアトリエ探訪」にて「ステラのまほう」が紹介されており、何かと縁のある作品でもあります。
無料で読める公式サイト
最後に
今回の作品紹介はいかがだったでしょうか。
第3回の作品紹介にて『まんがタイムきららMAX』の作品が多いと書きましたが今回もそうでしたね…「MAX」は良い意味で癖の強い作品が多いので印象に残りやすいからでしょうか。ちなみに次回の作品も「MAX」からの予定です(苦笑)
長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。
コメント