作品紹介(百合姫)

【作品紹介】第10回「きたない君がいちばんかわいい」(著者:まにお)

作品概要

❝ああ かわいいなぁ… もっと…もっと 苦しんでほしいなぁ…
(引用/まにお.『きたない君がいちばんかわいい』第1巻.一迅社.2019年.38・39頁)

『きたない君がいちばんかわいい』は、著者であるまにお氏による漫画作品です。(全5巻)

『コミック百合姫』(一迅社)にて2019年8月号から2022年4月号にかけて連載されていました。

本作品は、教室ではグループもカーストも異なる二人の少女によって放課後に秘密裏に行われる淫猥で醜穢な情事と、行為が周囲に露呈してからの倒錯劇、その一部始終を描いた作品です。

「嘔吐」や「放尿」などの過激な情事とその裏に見え隠れする愛や打算、次第に孤立し閉塞的な環境に身を置かれた人間の心情等を生々しくも繊細に描いたストーリーが話題を呼んだ本誌の異端作です。

ここでは、そんな本作品の魅力を感想・考察を交えつつ紹介していきたいと思います。



あらすじ

瀬崎愛吏と花邑ひなこ。クラスではグループもカーストも違い接点のない二人だが、彼女たちには人には言えない秘密があった。それは、愛と打算と性癖に満ち溢れた少女たちの秘め事……

引用:作品紹介 | コミック百合姫 | 一迅社 (ichijinsha.co.jp)/2023年8月20日閲覧



主な登場人物

瀬崎 愛吏(せざき あいり)
❝あのひなが この奇麗な体から こんなに汚いものを出すんだ
(引用/まにお.『きたない君がいちばんかわいい』第1巻.一迅社.2019年.37頁)

本作品の主人公。幼少期から周囲からの評価を気にする性格で、中学生時代には自身の学校生活を華やかに見せるため、そのときクラス内で一番可愛らしい容姿であった後に紹介する花邑ひなこ(はなむら ひなこ)に友人として接するために近づくなど打算的な人物。

高校に進学してからは、環境の変化に合わせ、大人しい性格のひなことは距離を置き、スクールカーストの上位に位置する少々柄の悪い生徒たちと接するようになります。

そんな彼女ですが、中学生時代に体育の持久走でペース配分を誤りその場で嘔吐してしまったひなこの姿を見て以来、汚損愛好症の兆しがみられるようになります。

高校生になると教室内ではひなことは他人同然に振る舞うものの、放課後になると人気のない化学実験室に彼女を呼び出しては「無理やり嘔吐させる」ほか、「絞首して失禁させる」などの行為を行い、汚れていくひなこの姿に性的興奮を感じる歪んだ愛情を持つ嗜虐的な人物です。

しかし、放課後でのひなことの行為がクラスメイトによって露呈されると態度は一変し、ひなこを一方的に突き放し保身に走ります。初めは被害者である事を装い周囲からの同情を買おうとしますが、次第に秘密を隠し通せなくなり最終的には不登校になります。

以降、居場所を失った彼女が事件後も変わらず自身に愛情を向けるひなこに依存していく過程が物語の主軸となっていきます。

花邑 ひなこ(はなむら ひなこ)
❝でも私はそれを受け入れた あいちゃんが私を求めてくれるのは 凄く嬉しかったから
(引用/まにお.『きたない君がいちばんかわいい』第1巻.一迅社.2019年.62頁)

本作品のもう一人の主人公。自己主張の少ない大人しい性格で愛吏のことを「あいちゃん」と呼び非常に慕っています。

しかし、中学生時代には友人として親しく接してくれた愛吏が高校生になった途端に自身から距離を置くようになってしまったことに深い悲しみを感じており、そんな彼女にとって放課後は愛吏と唯一二人きりになれる貴重な時間であるため、彼女から受ける嗜虐的な行為に嫌悪感を示しつつもそれらを受け入れ、彼女が自身を求めてくれることに充足感を感じるようになります。

そんな彼女ですが、放課後での愛吏との行為が露呈した後も、周囲から向けられる冷たい視線も意に介さず、かえって彼女と一緒にいられる時間が増えて好都合であると捉えるなど、彼女へ向ける愛情は一途で盲目的なものであることが次第に明らかになっていきます。

愛吏が不登校となって以降は彼女の自宅へと通い世話をしていくことで、彼女が次第に自身だけを見つめ依存させるように仕向けていく様子が描かれます。



こんな方にオススメ

百合要素の中に汚損愛好症などのアブノーマルな性的嗜好を求める方
包み隠されない人間の持つ生の感情が押し出された人間模様が見たい方


【キーワード】「高校生」「百合」「フェティシズム」「倒錯劇」「衝撃の展開」

本作品は、「嘔吐」や「放尿」などといった過激な描写などから万人に勧められる作品とは言い難いですが、言い換えればその独自性故に一部の読者の心に深く刺さる作品だといえます。

また、「過激な描写」といっても青年誌の域には収まっており、こういった描写はあくまで後に巻き起こる複雑な人間模様を描き出すための材料の内の一つに過ぎず、ただ単に特殊な性的嗜好を羅列するだけの作品ではありません。倒錯劇の末に少女達に待ち受ける結末を絡めた読了後のカタルシスは他作品では味わうことの出来ない魅力があり、その特異性から食わず嫌いするには惜しい作品だと感じます。

新たな性的嗜好を目覚めさせる入り口としてだけではなく「一つの愛の形」を描いた百合作品としても楽しめる作品であり、全5巻という揃えやすさも含めて是非読んでいただきたい作品です。



感想(ネタバレ含む)

歪んだ愛情と純粋な愛情、逆転する二人の立場

登場人物の紹介でも軽く触れたように、物語の中盤でこれまでひなこに対して優位に振る舞っていた愛吏は放課後での行為の露呈後、一転して彼女に依存する形になります。

自身の学校生活を彩るためのアクセサリーとして、自らの性的嗜好を満たすための道具としてひなこへ向けていた愛吏の歪んだ愛情はいとも簡単に崩れ去り、そこへ向けられるのはひなこからの「私に振り向いてほしい、私だけのものになって欲しい」という一途で純粋な愛情。

物語序盤でこれでもかと描写された愛吏による過激で歪んだ愛情が、ひなこによる人間として普遍的で純粋な愛情によって瞬く間に塗り潰される展開は、外連味を増していく近年の百合作品の中で異彩を放ち、人間が他者に向ける純粋な愛情の尊さと、一瞬にして狂気にもなり得る恐ろしさを同時に感じさせます。

作中では、吐瀉物や体液といった排泄物は一貫して「汚い」と漢字表記されていた中で、愛吏に対してひなこが❝わがままで傲慢で 自分勝手で でもそんなきたないあいちゃんが いちばん好き❞(引用/まにお.『きたない君がいちばんかわいい』第3巻.一迅社.2021年.150頁)と言い放つ場面。

この場面で「きたない」と平仮名表記にして区別することで題名の「きたない君」は排泄物に塗れたひなこであるというのはミスリードであり、本題はひなこが愛吏の人間性がきたないことを受け入れた上で彼女へと向けた愛情であったことが示唆される展開には大きな衝撃を受けました。

次第に減少する選択肢、倒錯劇の末の結末

上記のひなこの台詞以降、不登校になり自宅に籠る愛吏の視点での描写が増えますが、彼女の思考の移り変わりも見どころの一つだと感じます。

放課後での行為の露呈という出来事をきっかけに鬱病のような状態になる愛吏、友人であった宮園一叶(みやぞの いちか)の裏切り、家出による学校や家族からのサポートの断絶、次第に減少していく選択肢の中で最終的にひなこの手によって締殺されることを選択する過程は現実の「トンネル・ビジョン」と呼ばれる視野の狭窄に即していて非常にリアリティーがあり息が詰まる様な緊迫感が終始付き纏います。

そして、愛吏を失ったひなこもまた、彼女の後を追うように彼女の遺体を背負いながら吹雪の中、外出し朝日の上る公園にて息絶えます。

❝本当はもう疲れちゃってたんだ 自分の気持ちに蓋をして狂ったフリをしてただけ❞(引用/まにお.『きたない君がいちばんかわいい』第5巻.一迅社.2022年.186ページ)とあるように彼女は決して狂人などではなく普通の少女であり彼女もまた、失われていく選択肢の中で葛藤しながら愛吏を自らの手で殺害することで、彼女を誰にも奪われることのない自分だけのものにすることを最後に選択したのでした。

そんな彼女たちの倒錯劇は二人の死をもって幕を閉じますが、ひなこの薄れゆく意識の中で愛吏とひなこが暖かな日の光が差す浜辺にて再開を果たす結末は、現実での数々の過ちによって「生」は否定されても二人の「愛」は否定されないという僅かな救済を感じられる美しい最後でした。



お気に入りの場面・台詞

❝二人で一緒のおうちに住もうよ
(引用/まにお.『きたない君がいちばんかわいい』第5巻.一迅社.2022年.171頁)

深夜のホテルにて愛吏が最後に見た、何事もなく平穏に過ごすあり得たかもしれないひなことの関係を描いた夢。物語の序盤に見られた打算や嗜虐的な思想はもうそこには無く、純粋な愛や友情で満たされた夢はその直後に待ち受ける展開を含めて切なさとやるせなさを感じさせる印象的な場面でした。



小ネタ・余談

※2024年5月3日追記
アニメ化してほしいマンガランキング2024ノミネート

本作品は、2024年に開催されたAnimeJapan2024の企画である「アニメ化してほしいマンガランキング2024」にノミネートされました。

ノミネート作品は50作品、総投票数103473の中、本作品は栄えある第6位に選ばれました。過去に当企画でランクインした作品の中にはその後実際にアニメ化されたものもあり「きたかわ」の今後に目が離せません。

同人誌展開

本作品には著者であるまにお氏によって頒布された同人誌が2冊存在します。1冊目はコミックマーケット100にて頒布された『Warm summer』(まにおはよう)、2冊目はコミックマーケット101にて頒布された『そういえばそんなこと』(まにおはよう)です。

どちらも2023年8月20日現在では紙媒体で入手することは困難ですが、前者は『メロンブックス』にて、後者は『Amazonn』にて電子書籍で頒布されています。特に『そういえばそんなこと』は第三者目線での後日談になりますので、本作品をより深く知りたい方は購読されてみてはいかがでしょうか。

MacKey
MacKey

感想の項目でさらっと流しましたが、二人が「死亡」したことは「そういえばそんなこと」にて明らかになりました。
「生存説」を唱えるファンもいた中での著者からの直々の宣告は衝撃的でしたね…

公式ASMR

本作品には公式によるASMR作品が存在しており現在『DLsite』にて販売されています。

CVは愛吏を春乃いろは氏、ひなこを木ノ下やや氏が担当されています。さらにまにお氏による新規書き下ろしシーンもあるため本作品のファンは購入を検討されてみてはいかがでしょうか。

こちらは成人向け商品になります。



無料で読める公式サイト



最後に

今回の作品紹介はいかがだったでしょうか。

作品の内容が内容だけにいつもと違った雰囲気の作品紹介となりましたが、たまにはこういったテイストの作品を紹介するのもいい刺激になると思うのでまた機会があれば紹介したいと思います。

長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました