作品紹介(バーズ)

【作品紹介】第14回「ふたりべや」(著者:雪子)

作品概要

❝帰る家が同じなら 今はそれで充分かな❞
(引用/雪子.『ふたりべや』第8巻.幻冬舎.2020年.49頁)

『ふたりべや』は、著者である雪子氏による4コマ漫画作品です。(全10巻)

『月刊バーズ』(幻冬舎)のほか『デンシバース』『comicブースト』にて2014年9月号から2023年6月号にかけて連載されていました。

本作品は、高校進学を機にルームシェアすることになった二人の少女の日常を描いた作品です。

所謂「日常系漫画」でもある本作品ですが、こういった作品としては珍しく高校卒業後の様子まで描かれており大学生、社会人と成長していく二人の模様を追っていくことになります。

また、随所で「女性同士の関係性」に焦点を当てた話が盛り込まれており、パートナーと二人でいることの意味や関係性の定義について様々な視点や立場からの考えに触れることのできる作品でもあります。

ここでは、本作品の魅力を感想・考察を交えつつ紹介していきたいと思います。



あらすじ

高校一年生の川和桜子は、入学を機に下宿をすることに。ルームメイトとの初対面に胸を高鳴らせる桜子の前に現れたのは、超美少女・山吹かすみ。しっかり者の桜子と対照的に、マイペースなかすみに初日から驚かされっぱなし! だが、戸惑いつつも根っからの「お姉ちゃん」気質が発動!? ペアのマグカップを揃えたり、二人でひとつのベッドで寝たり…。大学に入ってもふたりは仲良しは変わらず♡ ちょっと広めになったワンルームで、大学に通い、ひとつのベッドで就寝。ほのぼの女子ふたり暮らしは変わりません♪

引用:https://comic-boost.com/content/00230001?p=13/2023年9月17日閲覧



主な登場人物

川和 桜子(かわわ さくらこ)
❝自分からこんなに何かしたいと思ったのは かすみちゃんが初めてだよ!❞
(引用/雪子.『ふたりべや』第2巻.幻冬舎.2016年.133頁)

本作品の主人公。高校入学を機に下宿することになりそこでルームメイトの山吹かすみ(やまぶき かすみ)と出会うことで物語は始まります。

中学校では学級委員を務めていたほか、高校では学年主席特待生と絵に描いたような優等生です。また、料理を始めとした家事も得意としており面倒くさがりなかすみに代わって家の家事全般を担っていますが本人は苦にしていない様子。

そんな彼女ですが、高校3年間をかすみと共に過ごす過程で心情にも変化が見られ、本人を前に「月が奇麗ですね」と言い放つほどに彼女への想いは特別なものになっていきます。高校を卒業する頃には「かすみちゃん日記」と題した日記が15冊にも上るなどその想いは少々重い方向へ向かうことになります。

大学はかすみと同じ学校に進学し高校時代と変わらずルームシェアを続けることになります。高校時代から外見に変化のない彼女に対して大学では三つ編みのおさげだった髪形をショートヘアに変えるほか、ピアスを付けるなど外見の変化が多い人物です。

大学卒業後もかすみと同じ企業に就職しルームシェアも継続、彼女への好意はより開放的なものになり結婚を望むような発言も増えますが彼女との関係を敢えて「恋人」などと形容することはなく「好き同士でいられればいい」と前向きな意味で現状維持していくことになります。

かすみへと向ける熱烈な愛情表現が目立つ彼女ですが、中学時代は一人と特別に交友を深めるのは苦手で親友が出来ないことに悩んでいたなど意外な過去があります。

山吹 かすみ(やまぶき かすみ)
❝桜子がしたいならそうするかーってだけで私は別になんでもいい…❞
(引用/雪子.『ふたりべや』第6巻.幻冬舎.2018年.96頁)

本作品のもう一人の主人公。美術予備校のデッサンのモデルにスカウトされるなど容姿端麗な彼女ですが、面倒くさがりでマイペース、加えて健啖家で常に腹を空かせているなど所謂「残念美人」です。

団体行動や共同活動に消極的で友人関係にも興味が薄くクラスメイトの名前を殆ど言えないほど。何時も気怠そうにしており一見すると主体性がないように見えますが、学習塾に通うための金銭を稼ぐために自らアルバイトを始めるほか、バレンタインで貰ったチョコレートに付いていた手紙をクラスメイトが勝手に読もうとしたのを咎めるなど常識を持ち合わせており意外にもしっかりとした一面も見せます。

普段、桜子からの熱烈な愛情は軽く受け流していますが母親にはメールで桜子のことをよく話しているなど彼女なりに桜子のことを大切に想っています。桜子との関係は彼女と同じく、わざわざ自分たちの関係性に言葉を付ける必要はないと考えており今後もずっと一緒にいることを想像するなど彼女へ寄せる信頼は確かなものです。

作中の時間経過によって外見が変化していく桜子と違い高校生時代から外見には大きな変化は見られない彼女ですが、大学生になる頃には自ら桜子の頬にキスをする様子も見られるほか、社会人になり梅の花を見て春の訪れを感じる思慮深い一面を見せるなど変化していく内面が彼女の見所の一つです。



こんな方にオススメ

所謂「日常系作品」において登場人物の高校卒業後など「本編のその後」に思いを馳せることの多い方
「百合」の定義を模索している方

【キーワード】「日常」「百合」「高校生」「大学生」「社会人」

本作品は、作品概要でも触れたように所謂「日常系作品」でありながら高校卒業後から大学を経て社会人となった主人公たちの姿までを描いているのが特徴です。高校卒業など一つの節目を迎えた所で物語を畳むことの多い日常系作品において、「高校生」「大学生」「社会人」と大きく分けて三つもの段階を通して描いているのは比較的珍しく他作品にはない強みであるといえます。

日常系作品らしく環境は変化しても登場人物たちの関係性やキャラクター像までもが大きく変化するということはなく、緩やかに成長していく作風は従来の日常系作品のファンにも受け入れられやすい仕上がりとなっています。

また、題名でも「百合漫画」と紹介している様に本作品では随所で女性同士の関係性に焦点が当てられています。定義が曖昧な百合というジャンルですが本作品では本編を通してある一つの解答を示しています。本作品の示す百合の定義が正解だとは限りませんが、数ある解釈のうちの一つとして百合への見方を広げる良い機会になると思います。

全10巻と少々巻数が多く揃えるのに苦労する作品ですが、上記のような多くの魅力が詰まった作品なので是非読んでいただきたい作品です。



感想(ネタバレ含む)

変わる環境、変わらない二人の関係性

高校生、大学生、社会人と環境が変化していく中で数多くのイベントや人との出会いを経験してきた二人でしたがその関係性は最後まで大きく変化することはありませんでした。

むしろ「恋人」といった言葉で形容してしまうことで形式やしがらみに縛られることを避けていました。本作品の描く言葉で形容せずとも確かな絆で結ばれた二人の関係性からは昨今の百合表現に対するメッセージ性を感じました。

本作品の「人と人との繋がりを他人が勝手に形容するのはおこがましく当人たちが納得し合えていればよい」という主張は百合に限らず同性愛に対する視野を広げるといった意味でも一読する価値がある作品だと思います。

同性愛がテーマであるが故に定義することが難しく時折、論争を生む「百合」という表現。インターネット上では「恋愛感情や性行為の有無によって定義するべき」という声も上がるなど現代では「百合であるかそうでないか」と明確に分類したがる傾向を感じます。

私個人としては百合であるかどうかの線引きは明確にせず「作中の人物の関係性に百合的表現を感じたのならば当人にとってその作品は百合作品となり得る」ぐらいの寛容さがあれば余分な力を抜いて作品を楽しめるのではないかと思います。

特定のジャンルの作品を偏重して読んでいると「慣れ」から心はより過激な表現を求め、「(ジャンル名)はこうあるべきだ」と凝り固まった思想に至ることも珍しくありません。かくいう私もその一人だったのですが本作品の描く二人の緩やかな関係性はそういった凝り固まった思想をほぐし考えを改める良い機会になりました。



お気に入りの場面・台詞

第1巻にて桜子がかすみに耳かきをした際に桜子の膝元に涎を垂らしたかすみに桜子が不快感を示す場面。

後の彼女のかすみに対する偏愛ぶりを見れば涎を垂らされたことを好意的に受け止めそうな場面ですが、当時はかすみと出会って間もない頃であったためかかすみに不快感を示す貴重な様子が見られます。

かすみへの愛情表現が開放的になった頃の彼女なら何と言葉を掛けていたのかと想像したこともあって印象的な場面です。



小ネタ・余談

『ふたりべや』の原型

本作品は『月刊バーズ』(幻冬舎)での連載以前に著者である雪子氏が頒布した同人誌が原型になっており、こちらのほかに氏による描きおろし漫画、商業作品、同人誌が収録された作品集『おねだりしてみて』が『バーズコミック』(幻冬舎)より発行されています。

原型となった作品では桜子とかすみの関係性や大まかな設定は連載時と大差ありませんが、かすみが散らかしたのか床に物が雑然と置かれ生活感を感じる部屋など連載時では見ることのできない『ふたりべや』を見ることができます。

収録作品はいずれも氏の特色が色濃く出た仕上がりとなっているので本作品並びに氏のファンである方は購読されてみてはいかがでしょうか。



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最後に

今回の作品紹介はいかがだったでしょうか。

今回この作品を紹介したのは前回の記事で紹介した『ちょっといっぱい!』と時を同じくして7月に最終巻が発売されたことや全10巻と共通点が多くふと脳裏をよぎったためです。作品選定に関しては特に順番などは意識していないためこういった直感で選ぶことが多いです。

前回と合わせて短期間に20巻もの巻数を読破し少々疲れたため次回は巻数の少ない作品を紹介しようかななんて考えています。

長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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