作品紹介(きらら)

【作品紹介】第6回「ホレンテ島の魔法使い」(著者:谷津)

作品概要

❝エストイ・エナモラダ・ダ・デティ
(引用/谷津.『ホレンテ島の魔法使い』第1巻.芳文社.2021年.7頁)

『ホレンテ島の魔法使い』は、著者である谷津氏による4コマ漫画作品です。(全2巻)

『まんがタイムきららMAX』(芳文社)にて、2020年1月号・2月号でのゲスト掲載の後、2022年4月号まで連載されていました。

本作品は、かつて実在したとされる魔法使いの伝承を観光資源としている孤島「ホレンテ島」を舞台に、少女たちが島の伝承の謎を紐解いていく様子を描いた作品です。

物語からは、島の中に確かに存在する魔法のような存在を描くファンタジー的な要素と、現代社会の中にある観光地としての島の様子を描いた現実的な要素が融合した魔術的リアリズムが感じられ、徐々に明らかになっていく島の謎など、4コマ漫画作品でありながら非常に読み応えがあります。

ここでは、本作品の魅力を感想・考察を交えつつ紹介していきたいと思います。



あらすじ

大昔いたという魔法使いの伝説を観光資源にしているホレンテ島。この島の魔法は全て作り物…のはずが、不思議な能力を使える人達が現れ…? 果たしてこの島の魔法は夢か現かー…?
謎解き伝承ファンタジー、待望の第1巻!

引用:http://www.dokidokivisual.com/comics/book/past.php?cid=1679/2023年8月1日閲覧



主な登場人物

貰鳥 あむ(もらとり あむ)
❝私 大昔ここにいたっていう魔法使いに会いたくてこの島に来たの!
(引用/谷津.『ホレンテ島の魔法使い』第1巻.芳文社.2021年.8頁)

本作の主人公。島に伝わる伝説の魔法使いを探しに本作の舞台である「ホレンテ島」へ観光に来たその日の夜、箒に跨り空を飛ぶ魔法使いらしき人影を偶然目撃しました。そのことをきっかけに島の世界観に完全に魅入られホレンテ島へ移住する事を決心するところからこの物語は始まります。

半ば衝動的にホレンテ島に移住してきたこともあり金銭的に余裕がなく、後に紹介する尾谷こっこ(おや こっこ)が働いている帽子屋「ピフ・パフ・ポルトリー」にて住み込みで働くことにになります。

島に移住してくるほど島の世界観を気に入っており、「特別な世界」という思い込みがあるゆえに観光地としての島の側面に幻滅してしまうことも。

しかし、島への移住を始めとして行動力があり、前述の観光地としての島の側面を目の当たりにしてもなお、魔法使いの存在を信じる芯の強さがあります。

また、ギターを弾きながら即興で歌を作曲するなど音楽センスに長けるほか、よく物事をRPG風に例えるために「ゲーム脳」と評される一面もあります。

名前の由来は「モラトリアム」

尾谷 こっこ(おや こっこ)
❝魔法使いはいませんが誰もが魔法使いになれるのがこの島です
(引用/谷津.『ホレンテ島の魔法使い』第1巻.芳文社.2021年.8頁)

あむが住み込みで働く帽子屋「ピフ・パフ・ポルトリー」で働く少女。ホレンテ島の事を大切に思っており観光の顔でもある帽子販売に誇りを持っています。帽子作りの才能があり裁縫の腕前は一級品です。

しかし、小さな子ども相手でも帽子の値下げをしないほか、サイドビジネスとして魔法使いとは縁もゆかりもないタピオカを販売するなど、金銭面に対して少々がめつい一面も見られます。

幼いころに両親を亡くしており、猫の獣人のような人物であるファーマンを親代わりとして彼と生活しています。

また、魔法使いの話題になると妙によそよそしい態度をとるほか、昼間に強い風が吹いた日の夜になると外に出かけるなど不審な点が目立ちます。

名前の由来は「親子」、或いはその家庭環境から「親子ごっこ」と思われます。

亜楽 かるて(あら かるて)
❝ボクもちょっと知りたいことがあってね
(引用/谷津.『ホレンテ島の魔法使い』第1巻.芳文社.2021年.22頁)

あむ達が働く帽子屋の隣のレストランでアルバイトをしている少女。一年前に鉄道技術者の父親と共にホレンテ島に移住してきました。彼女もあむと同様一人暮らしをしておりあむの隣の部屋に住んでいます。

実は、島に移住してから半年程で突然物体浮遊能力を体得し、重さ2、3kg程の物体なら浮かして飛ばすことができますがその力を周囲には隠しています。彼女もまた自身の力とその体得条件を解明して島の魔法使いの謎を解明したいと考えており、あむの無鉄砲な生き方に惹かれたこともあって彼女の魔法使いに探しに協力します。

明るく乗りの良い性格ですが、会話の中でこっこの些細な感情の動きから彼女が島の魔法使いについて何か知っていることを察する洞察力や、学校の授業で学んだ化学の知識を応用して自身の能力を発展させる発想力もあります。

また、自身の能力をあむに黙っていることに罪悪感を感じる誠実な一面もあります。

名前の由来は、メニューから好みに応じて一品ずつ注文する料理「アラカルト」

都橋 詠(とばし よみ)
❝この紛い物だらけの魔法もこれはこれで愛おしいのです
(引用/谷津.『ホレンテ島の魔法使い』第1巻.芳文社.2021年.46頁)

ホレンテ島の石切通りに佇む書店「都橋書店」で働く少女。物静かな性格で目を離すとすぐに消えてしまいます。

ホレンテ島の世界観や歴史を非常に大切にしており、その場のウケや売り上げを狙った島の観光業を憂いています。

彼女もかるてと同様に特殊な能力を体得しており瞬間移動が出来るため、周りには秘密で通勤通学等に利用しています。後にかるてによってお人好しな性格を利用され能力が明らかにされて以降、彼女と共にあむの魔法使い探しに協力します。

また、彼女の父親である都橋杉太郎(とばし すぎたろう)は島内でも伝説的な下戸で彼女もまた日本酒の香りを嗅いだだけで酔ってしまうほどに下戸です。

名前の由来は「飛ばし読み」

裳ノ美 ユシャ(ものみ ゆしゃ)
❝『儲かることが最低条件』なんだ やりたいことねじ込むならその先でねぇと実がねぇ
(引用/谷津.『ホレンテ島の魔法使い』第1巻.芳文社.2021年.75頁)

「ボルドンゴラ弁」という東北弁に酷似した島古来の言葉遣いをする少女。ホレンテ島に古くからある酒店「裳ノ美酒店」の孫娘です。

島の商工会長であり彼女の祖父に当たる裳ノ美八愚楽(ものみ やぐら)に幼少期より厳しく育てられたことで島の名所や歴史等に詳しく島の観光ガイドなどの上位の仕事を任されており、単行本の書下ろしページでも島の歴史などの解説を行っています。

彼女もまた能力者であり、遠隔で物体を攻撃し破壊することができます。島の発展を願う一方で、祖父の言い付けにより島の重要な秘密を隠しています。

当初は島の秘密を探ろうとするかるて達と敵対関係にありましたが、あむ達の島の秘密に真意に向き合おうとする姿に感化されたことで祖父に謀反し、祖父からも知らされていない島の秘密を独自に調査するなど、あむ達の魔法使い探しに協力します。

名前の由来は、四字熟語の「物見遊山」



こんな方にオススメ

綿密に練られた作中の世界観に浸りたい方
物語に散りばめられた伏線の考察や謎解き要素に魅力を感じる方


【キーワード】「日常」「高校生」「魔法」「コメディ」「ミュージカル」「謎解き」

本作品の魅力は、作品概要でも記述した魔術的リアリズムを含んだ独特の世界観と島の伝承にまつわる謎解き要素にあります。単行本に収録されてる島の設定集など、「グリム童話」をモチーフとした世界観は細部まで作りこまれており、作品への没入感が非常に高いです。

作中の謎解き要素も難解過ぎず、4コマ漫画ならではの伏線等の見つけ易さなど、『まんがタイムきらら』の読者層に合った丁度良い塩梅となっており、これまでミステリー小説などに触れてこなかった読者でも取っ付き易い仕上がりになっています。

また、こういった要素だけではなくきらら作品らしいコメディ要素等も兼ね備えているほか、随所にミュージカル的な描写も盛り込まれており、前述の謎解きにも気軽に臨むことが出来ます。

惜しくも全2巻という短さで完結してしまった本作品ですが、それゆえに作中では明かされていない謎も多く、完結後もファンによる考察が進められるなど独自の魅力を持つ本作品は、全2巻という揃えやすさも含めて是非読んでいただきたい作品です。



感想(ネタバレ含む)

物語序盤から散りばめられていた伏線が連鎖していく爽快感

本作品の物語は要約すると、科学の発展により人々の生活を助ける役目を終えていた島の魔法を後世に伝えていくべきか、静かに眠らせるかなど様々な想いの中で葛藤していたこっこが、本気で魔法使いの存在を信じるあむと出会い、その熱意に触発されたことで島の魔法の矜持を一人で背負い化学の結晶ともいえる貨物列車に自身の持つ浮遊能力で勝負を仕掛けたことが、物語の冒頭であむが空飛ぶ魔法使いを目撃したことに繋がったというものでした。

これまで自身の探し求めていた存在が元を辿れば自身の最初の行動が原因で生まれたものだったという展開には思わず舌を巻きました。

つまり、作中のかるても語っていたように「灯台下暗し」だったわけですが、そこに至るまでにこの真実に繋がる伏線は随所に設けられており出し抜け感はありません。ファーマンの❝科学と魔法はどこまでも追いかけっこなのだ❞(引用/谷津.『ホレンテ島の魔法使い』第2巻.芳文社.2022年.61頁)という台詞は正に本作の展開を一言で言い表したものだと言えます。

結末でこっこがあむに心を奪われたことにより断片があむに移ったことを示唆するような描写がされます。島の歴史や魔法の存在価値に固執していたこっこがその重圧から解き放たれ、その力が島の外からやってきた新たな価値観を持つあむに受け継がれる展開は、古来から伝わる島の歴史を感じさせると同時にこれから起こる変革を予感させます。

作中ではまだ明かされていない多くの謎

本作品は、全2巻という短さ故に作中では明らかにされていない謎も数多く存在します。しかし、消化不良感は無く、作中の言葉に❝やっぱり知らない何かを提供するのが人の心を動かすんだよ❞(引用/谷津.『ホレンテ島の魔法使い』第2巻.芳文社.2022年.32頁)とあるようにそこには考察の余地があり、読了後も読者を飽きさせません。

ここでは全て書き上げられませんが、作中で語られた「毛皮の男」とファーマンの関係性など、連載が続いていれば明らかになっていであろう謎や断片を受け継いだあむやかるての今後などを鑑みるとその短い連載期間が悔やまれます。



印象的な場面・台詞

❝フラれた…!何もしてないのに…フラれてしまった!!
(引用/谷津.『ホレンテ島の魔法使い』第2巻.芳文社.2022年.22頁)

かるてが学校の屋上にてあむに自身の能力を打ち明ける場面。あむがかるての告白の意図を勘違いしているにもかかわらず何故か噛み合う会話とそれを黙って見守る詠。

あむの動揺っぷりと状況を察した詠の反応が笑いを誘う迷場面ですが、このエピソードにて「ノンケ」であることを自白したあむとかるてに後にこっこと詠はそれぞれ「心を奪われる」皮肉な結果も含めて好きなエピソードです。

2巻75頁

あむが突然東京のラーメンが食べたいと、夜にもかかわらずこっこを連れて二人で船で島を飛び出す場面。

所謂「旅行回」ですが、きらら作品では「日常から非日常へ」という構図になることの多いエピソードを本作品では「非日常から日常へ」という逆の構図にしている点や後に重大な伏線になっていたことを含めて印象的なエピソードでした。



小ネタ・余談

※本作品はパロディなど小ネタの多い作品であり、ここで全てを紹介しきることは出来ませんが一部を抜擢して紹介したいと思います。

※2024年5月3日追記
まんがタイムきららMAX200号記念特別付録冊子

2021年6月号にて通巻200号を迎えたまんがタイムきららMAX、当誌に付属した特別付録冊子に本作品も掲載されました。

きららMAXの創刊は2004年であり自分たちとほぼ同年代であると話すあむとこっこ、そんな二人の会話を聞いて時の流れの速さに驚愕するファーマンの姿が印象的です。

世界観のモチーフ

本作品には、グリム童話にある『美人のカトリネルエとピフ・パフ・ポルトリー』に登場する人物の名前が由来になっているものが数多く登場します。

この作品の登場人物であるピフ・パフ・ポルトリーは帽子屋…ではなく「ほうき屋」でしたね。モチーフにもなったこちらの作品は非常に短い物語で読みやすいので、この機会に一読されてみてはいかがでしょうか。

登場人物のモデル

著者である谷津氏はX(旧名Twitter)にて本作品に登場するメインキャラクターたちは、氏の過去の自創作キャラクターをモデルにしていると発言しました。

その中でもかるてのモデルになったキャラクターは作中にある形で登場しており、それがまさかのかるてが都橋書店にて手に取った「エロ本」の表紙の女性。

表紙の「エロい!!」「今こそ魔法使いを捨てるとき!!」などの雑なキャッチコピーが笑いを誘います。

第13話のサブタイトル

本作品の第13話のサブタイトルである「イスカリオテのユシャ」は、新約聖書に登場する「イスカリオテのユダ」が由来になっています。

彼は、イエス・キリストを裏切り死に至らしめた人物であり裏切り者の代名詞とされるほど。当エピソードのユシャの行動と重なることから由来になったと推測されます。

「保島風土記」

本作品にはコミックマーケット100にて著者である谷津氏によって頒布された同人誌『保島風土記』(谷津製作所)が存在します。

本作品の完成に至るまでの着想や作画資料が掲載されており作品への理解をより一層深めることができます。2023年10月19日現在では紙媒体で入手することは困難ですが、もしも手にとる機会に恵まれれば購読されてみてはいかがでしょうか。



無料で読める公式サイト



最後に

今回の作品紹介はいかがだったでしょうか。

ここまで計6作品を紹介してきましたが、そろそろ箸休めとして本誌の紹介などもしていきたいと考えています。因みに次回の作品紹介は2022年にTVアニメ化が発表された「あの作品」を紹介したいと思います。アニメ化前に間に合えばよいですが…

長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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